週イチ日記
2010.10.25
無題
この前友人から「テルマエ・ロマエ」という漫画を借りました。
ストーリーは、古代ローマと現代日本の銭湯を往来できる体質になってしまった古代ローマの設計技師(風呂限定)が、現代日本の銭湯の技術に影響を受けていくという話なのだが、それがマンガ大賞2010、手塚治虫文化賞をW受賞したらしいのです。
そんなことが帯に書いてあるので過度の期待を持ちながら読み始めたせいなのか、期待以上のおもしろさはありませんでした。ただ、作者の(風呂)に対する情熱は並々ならぬものがあり、それが自分にも伝わったのか久しぶりに近所の銭湯に行くことにしました。
私の住む
銭湯の暖簾をくぐり、下駄箱の木札をとって、番頭にちょこんと座るおばあちゃんに風呂代を渡し、中に入れば昭和の時代から何も変わらない風景がそこにはあります。
さっそく風呂に浸かろうと風呂場に入れば、目の前にはよくある富士の山ではなく、アルプスの山々がそびえ立っており、手前の湖畔には白鳥が浮かび、その湖畔の横には赤い屋根の教会が目に飛び込みそれが以外と銭湯の中に溶け込んで、日本にいながらスイス気分です。
風呂場は今流行りのスーパー銭湯に比べればこぢんまりとしていますが、電気風呂、水風呂、超音波風呂(ジェットバス?) 、サウナもあり結構な充実ぶり。風呂から上がり、コーヒー牛乳でも飲もうとしたが、隣でおっちゃんが飲んでいるキリンレモンが急に飲みたくなり、「おばあちゃんこれなんぼ」「70円やで」。えらい安いなあと思いつつビンをよく見てみると、そこにはキリンレモンではなく「New Soda」?と書かれています。そういえば昔からこんな紛らわしい飲み物ってあったよなあ、と騙されたにも関わらずほっこりした気持ちで「New Soda」を飲み干しました。
町に銭湯がある風景を当たり前に思っていたが、今ではあまり見られなくなったそうである。
そんなわが町の銭湯を平野文化財に勝手に認定させていただきたい。
2010.10.18
無題
先日、テレビで「グッバイ・レーニン」という映画を観ました。東西ドイツが統一された直後のベルリンに住む母と息子の物語です。
統一の結果、旧東ドイツ地域に西側の資本が津波のように流れ込み、経済は混乱し、人々の生活は一変してしまいます。街にはコカコーラとかイケアとかの、かつて敵視した資本主義の象徴のような企業の広告が溢れ出し、解体されたレーニンの銅像はヘリで曳航され、誰しもが新しい時代の到来を肌で感じるようになります。しかし息子は、社会主義を心より信奉する母の余命がいくばくもないことを知り、統一の事実を何とかして母から隠そうとします。心穏やかな余生を過ごしてもらいたいという一心で。
この映画は「親孝行しないとダメだぜ!」みたいな教訓的な感じではないのですが、それでも僕は以前友人が言っていたことを思い出しました。「例えば盆と正月と、なんやかんやで一年に10日くらい親に会うとして、親の寿命があと20年としたら、もう200日しか親に会う時間がないんやで。結構少ないよな」と。その時は、まあそんなもんじゃないの?と思いましたが、確かに少ないような気がしてきました。そういえば最後に両親に会ったのはいつのことだったか…
翌日、電車に乗ること1時間。久しぶりに実家に行きました。近くまで来たからちょっと寄ってみた、という感じで。 ところが家にいたのは妹だけでした。両親の所在を尋ねると、父は山にゴルフに、母は街に習い事に行ったそうです。帰りを待っていようかと思ったけど、猫が「フッー!」と怒りだしたので(僕のことは忘れてしまったようです…)、何だか居心地が悪くなって帰ることにしました。
まあ元気で楽しそうにやっているみたいで良かったと思いながら、ふと空を見上げれば、刷毛で掃いたようなうろこ雲が。
会えずとも
同じ空かな
うろこ雲
何となくポエムな気分になった秋の休日でした。
2010.10.11
無題
例年に比べてはるかに暑く長い夏がやっと終わり、秋がやってきました。スポーツの秋、読書の秋、芸術の秋などなど、いろいろなことをするのに適した季節です。
スポーツといえばフットサルにスポーツジム、読書も普段そこそこしていますが、私は根が飽き性なのでスポーツジムにも読書にも当初の情熱が薄れてきたような気がしていました。そこで何か新しい、それでいて手軽に始められる別のことをやってみたいと思っていたのですが、ある日、ふと昼食をとったファミリーレストランでテーブルに置かれている巷で有名なユーキ○ンの資料請求ハガキを見つけました。普段なら新聞の折込みチラシの束の中に見つけても気にも留めないものですが、新しいことを手軽に始めるにはピッタリです。食後のコーヒーを飲みながらどんな講座があるのかさっそく見てみると、あるわあるわ。100以上有るでしょうか?ここから講座を選んで資料請求するのですが、さすがに迷います。おかわりのコーヒーを飲む間に何とかひとつに絞り、店を出たところのポストに投函しました。そして数日後に資料とともに届いた講座申込書を、さすがに躊躇して数日放ったらかしにしていましたが、えいやあ!と本日ポストに投函してしまいました。
さて、こんな思いつきだけで申し込んでしまったような講座が飽き性の私に長続きするでしょうか・・・不安です。しかし、どっかの大統領みたいに「Yes.I can!」と自分に言い聞かせてやるしかないでしょう!(「We」でしたか・・)
ちなみに何の講座を申し込んだかは今回は内緒です。予想してみてください。ただひとつ、司法書士講座ではないことは間違いありません。
2010.10.04
ガンプラ
今日も雨降りです。一雨ごとに秋の気配が感じられます。あれだけ暑い日が続いた夏も、最期は一気に終わった印象を残して過ぎ去りました。
わたしの今年の夏はといえば、久々の再会がありました。といっても人ではありません。ガンプラ、ガンダムのプラモデルです。30年ぶりぐらいでしょうか。妻の両親の実家に帰省したときに、妻の両親が孫のためにとレゴブロックを買ってくれていました。特大の箱に入った消防車セットでした。たいそう高いのではと気になったまま自宅に帰り、近くのおもちゃ屋に見に行きました。同じものを見つけ、値段を確認してさあ帰ろうとしたその横のコーナーにずらりとガンプラがならんでいました。「ガンプラや」とつぶやいた私は、吸い込まれるようにそのコーナーへ。私は、元祖ガンダム世代です。昔は一日中外で遊んで、本当に真っ黒に日焼けしていましたが、ガンプラをこよなく愛する少年でした。1/144スケールで確か300円、昔の少年にも夢に届く値段で売られていました。いくつ作ったか分かりません。さて、今のガンプラは昔と決定的に違う点がありました。全部色付きパーツなのです。これは衝撃でした。昔のパーツはほとんど白一色で、これまた専用のガンダムカラーという塗料があり、それをわざわざ買い、塗装したものです。早く作りたくて、塗装が乾くのを今か今かと待っていたのをはっきりと覚えています。もはや買うことは決定しました。ガンダムと量産型ザクのセットという魅力的な箱があったので早速購入し、妻に頼まれたお遣いを済ませ、家に帰りました。その日のうちにガンダムは作り上げました。さらに驚いたのは、パーツの多さです。記憶をたよりに考えると、昔の3倍ぐらいの多さだと思います。その分、関節の動きが抜群で、ガンダムが機関銃を真上に打ち上げるあの有名なシーンも簡単に再現できました。思えば機動戦士ガンダムが魅力的だったのはそのストーリーでもありました。ジオン軍対地球連邦軍、それぞれの言い分で戦っていたわけです。こども心に、単純な善対悪ではない難しさを感じていました。
人はみな、それぞれの正義で行動しています。だからこそ衝突が起こります。その衝突が衝突以上にならないように、お互いが相手の考えを理解しようとする行動が大事なんだろうと思います。ガンダムとザクを前に、ガンダムを知らない息子が聞きました。「どっちがいい者なん?」私は少し考えてから答えました。「どっちかなあ…」